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| ← | 今回公演のそのとっかかりなんだけど、カリバカの場合、いつもパンフレットに次回予告を載せてる関係で、公演直前の結構ばたばたしているところで次回公演の話とかをしている。 で、前回、ネムリタの時点で「ダリックス」の構想はすでに出ていたんだよね。 |
| 池里 | そうそう。 |
| ← | 前回パンフに載っている名前が、本当に今回公演につながっているという、カリバカではあまりない例。(※注:厳密には「秋空マンゴー」→「島田」もつながっていますが。) |
| 池里 | ああ、あまりないね。もはやお客さんにはギャグの一環くらい 次回予告のタイトルはあてにならない。(笑) |
| ← | 一ケ月天気予報レベル。 |
| 池里 | そうそう。夏休み前の予定表くらい。 ネムリタでさ、夢の話をかいたじゃない。 深層心理と眠りみたいなのの関係。 ああいうのを、さらに別の形で解き明かせないかなあと思ってたんだよ。 で、ダリの絵を思い出したんだ。 高校の時、美術部だったんだけど、あまりいかない幽霊部員だったんだけどさ、ダリの画集だけはなんか気になって眺めていてさ。絵描きになることもかんがえていないし、まさか演劇の脚本書くようになることもその当時は考えていなかったけどね。とにかく、ダリの絵はとても インパクトがあって衝撃的だったんだよね。CMではゼナの 溶けてる時計とかでも使われてたかな。 ダリをご存知ない人にはちょっと説明しておくと、ダリの絵ってのは 夢で見たイメージを絵にかくそうです。だから深層心理みたいなものがとてもよく反映されている、と心理学者のフロイトも褒めたほどなんだよね。どんな人でもあれを見ると なんか衝撃は得るはずだ、と思う。同時にアホか、とも思うけど。アホ天才みたいなね。 |
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| ← | 今回公演でダリをテーマにすることを決めて、じゃあってことで僕も君もあちこちダリ関係のサイトとか本とか調査したけど調べれば調べるほど、興味深いエピソード満載で、なんかおもしろかったよね。ドキュメンタリーのDVDとかも買ったけど、もはや珍映像祭りで、ふたりして絶句だった。 |
| 池里 | そうだね。あれは興味深かった。 いろいろ読み解きながら、自分なりにダリを解釈していく作業が必要だった。 ダリはとてもエネルギーを持った魅力的な人だけど、同時に脆くて人間味あふれた側面があるね。ダリの絵自体が 感想をカテゴリーしにくいような絵だしね。一言でいうと「変」だけど変だけじゃない魅力がある。内面を投影しているという世界だったから、ちょうど面白く使えるかもな、と思ったんだよな。同時に、すごすぎて扱えるかなと思ったけど、思い切って懐をかりようと。 あ、勘違いしないようにいっておくと「ダリの人生」とかを書いたお話ではなく、あくまでモチーフでつかわせてもらっているだけです。まあ、間違えないか。(笑) |
| ← | 先月末くらいのところで、僕も脚本読ませてもらったけど (←は広報上のおおまかなコピーまわり、プロット制作を主宰とつくった後は、かなり後々まで脚本は読みません。公演を見てはじめて詳細な内容を知ることもあります。)正直びっくりした。 |
| 池里 | うん。 |
| ← |
その時、思い出したのは公演準備をはじめた春頃に、僕や制作スタッフの前で「ダリの考えていたことがすごいわかる気するんだよね」みたいなことを、主宰が言っていたことで。確かに挙動不審な感じとか含めて、すごいシンクロしそうというのはあったのだけど(笑) |
| 池里 | 失礼だな。俺とダリに。 |
| ← | ダリの研究と君との話とかを通してダリの作品世界が持つ多面性みたいなものは感じていた。一枚の絵にリアルとアンリアルが同居して、それぞれが独立しつつ、でも区分されないでおさまっている。ダリ研究でよく言われる言葉ではダブルイメージというそうだけどそれが、脚本として実現されている、と本当に思った。 |
| 池里 | ダリを使うなら、やはりダブルイメージははずせないなあ、と思ったんだ。そして、うまくダブルイメージを芝居で表現するにはどうしたらいいかなあ、とかも考えたりね。 カリバカで僕が書くコメディ的な部分と、ひやりとするような部分をうまく同居させる、というのはもちろんだけど、芝居の構造的にも人間関係の「外」と「内」というのをあらわしたかった。そういう意味で ダブルイメージを僕なりに解釈してアレンジした公演だと思う。 |
| ← | これは私感なのだけど。 ダリやシュールレアリズムが芸術運動として活発な動きをみせていた1900年代前半って、科学・産業発展、戦争・植民地経営をふくめた国際関係とか、背景となる時代環境がダリたちに大きな影響を及ぼしていたはずで。 一方、生活、価値観、人々の意識もまったく違う今の日本、東京で行う今回の公演は、いわゆる「シュールな笑い」を内側に含んだ形でのシュールレアル表現であり、体裁を合わせた単なる焼き直しではない、00年代の空気で育てたシュールレアリズムって、こんな感じなんじゃないかなと思う。 |
| 池里 | そうだね。昔ながらのシュールという「超現実世界」にお笑いの定義を指す「シュール」が入り込んでいる。ある意味これもダブルイメージ。僕なりのシュールの切り取り方、見せ方を考えたつもりです。 |
| ← | て、ちょっと大風呂敷広げ過ぎたかもしれないけど……。 |
| 池里 |
大風呂敷だね(笑) |